この度「TIAの入院適応」というテーマの依頼を頂きましたので、3回に分けて投稿をさせて頂ければと思います。
日々、神経疾患全般から脳卒中診療まで担う脳神経ジェネラリストにとって、一過性脳虚血発作、transient ischemic attack; TIAの診療は時としてジレンマを感じる瞬間があると思います。TIAと脳梗塞の関係には、不安定狭心症と心筋梗塞のような連続性があり、循環器のacute coronary syndrome; ACSに準じてacute cerebrovascular syndrome; ACVSとしての対応が必要であるとする主張は、病態生理の面からは極めて妥当である一方、臨床現場では、例えば向精神薬を多く内服している高齢者の一過性の構音障害や、他疾患の鑑別をもっと行うべき失神患者に、TIAという病名が付いて、十把一絡げにマネージメントを委ねられる場面も少なくありません。
2019 年以降、本邦でもTIAの定義は「急性梗塞の所見のない、局所の脳または網膜の虚血に起因する神経機能障害の一過性エピソード」と、症状のみならず、虚血に晒された組織の可逆性に重きを置いたものとなり、その初期対応の重要性は一層強調されると考えられます。
総じてTIAは、発症後90日以内の脳卒中リスクが15-20%あり、その半数は発症2日以内の急性期に起こすため、欧米ではTIAに特化した専門クリニックなどで24時間の救急診療体制を敷き、脳卒中発症リスクの低下を図りました。
TIAのリスクスコアによる層別化で最も汎用されているのは、ABCD2 scoreかと思います。これは年齢が60歳以上であるかのAge; A、来院時の血圧が収縮期140もしくは拡張期90以上を満たすかのBlood pressure; B、構音障害や片麻痺といった臨床症状Clinical features; C、糖尿病の有無Diabetes; Dと症状が10分以上か60分以上続いたかのDuration; Dの5項目を用いて0-7点で評価するスコアであり、TIA発症2日以内の脳卒中発症リスクは、スコア0-3点で1.0%、4−5点で4.1%、6-7点で8.1%と、それぞれ低、中等度、高リスクと、段階的な層別化が為されています。
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(07)60150-0/fulltextwww.thelancet.com
2009年に発表されたAmerican Heart Association / American Stroke Associationの声明では、72時間以内のTIAイベントがあった場合、①ABCD 2 score 3点以上、②ABCD 2 score 0-2点で2日以内に外来での診断的精査が完了できない、③ABCD 2 score 0-2点で発作の原因が局在性の虚血であるとする根拠がある場合、入院が妥当な初期対応とされます。このコンセプトは2023年の声明でも受け継がれていますが、そこではABCD 2 scoreの限界にも言及されており、①後方循環系の症候である失調や同名半盲の評価が不十分であること、②同側主幹動脈の狭窄や心房細動といったリスク因子が含まれていないこと、が指摘されています。この2009年と2023年の声明を踏まえると、2日以内に行うべき外来での診断的精査として、①MRAを含むMRIかそれができない患者では造影CT angiography、②心房細動などの最低限の評価としての心電図、③脱水などTIAの明らかな誘引の存在の有無を評価する意味も含め一般的な血液検査は、少なくとも挙げられると考えられ、これも困難な状況下では、積極的な入院適応を考慮すべきと言えるのではないでしょうか。
https://www.ahajournals.org/doi/epdf/10.1161/STROKEAHA.108.192218www.ahajournals.org
https://www.ahajournals.org/doi/epdf/10.1161/STR.0000000000000418www.ahajournals.org
ちなみに血液検査に関する研究で言うと、BNPがTIA再発を予測したとする報告やNT-pro BNPが病型に関わらずTIA後の脳卒中を予測したとする報告がある一方で、D-dimerやかなり特殊な脳虚血の血清バイオマーカーであるNR2、NR2抗体、PARK 7、NDKA、UFD1、B-FABP、H-FABPは、TIAの診断的精度を向上させなかったとされます。D-dimerに関しては、神経脱落症状が一過性となることが多い大動脈解離の除外という観点では、意義があるかもしれません。
(次回に続きます)
