シロスタゾールはホスホジエステラーゼⅢ活性を選択的に阻害し,血小板及び血管平滑筋細胞内のcAMPを上昇させ、血小板凝集抑制作用や血管平滑筋の弛緩作用、血管内皮細胞保護作用、血管新生作用、抗炎症作用など、抗血小板作用のみならず多面的な効果(pleiotropic effect)を有するとされています。最近、慢性期非心原性脳梗塞患者へのシロスタゾールを含めた抗血小板薬2剤併用療法の脳梗塞再発予防効果を検討するCilostazol Stroke Prevention Study for Antiplatelet Combination (CSPS.com)が行われ、国循の豊田一則先生らにより発表されました(Lancet Neurol 2019;18: 539-548)。脳梗塞1879例を、アスピリンあるいはクロピドグレルを用いた抗血小板薬単剤服用群と、この2剤のどちらかにシロスタゾールを併用する群に割りつけて治療を行ったところ、脳梗塞再発は併用群で約半分に抑制されました。しかも、出血性合併症については、2群間で有意差を認めませんでした。シロスタゾールのpleiotropic effectが有効に作用していることが示唆される成績です。非心原性脳梗塞患者において,cilostazolのaspirinに対しての非劣性を示したCSPS2(Lancet Neurol 2010; 9: 959-68)に次いで、シロスタゾールの有用性を我が国から発信された試験です。
一方、非心源性脳梗塞の急性期について、発症2 時間の軽症脳梗塞・TIA 患者5170 例を対象として、亜急性期の脳卒中再発をみた試験に、Clopidogrel in high-risk patients with acute nondisabling cerebrovascular events(CHANCE)試験があります(N Engl J Med 2013; 369: 11-9)。アスピリン+クロピドグレル併用療法群は,アスピリン単独療法群と比較して 90日以内の脳卒中再発を有意に抑制しました(8.2% vs 11.7%;ハ ザード比 0.68,95%信頼区間 0.57~0.811; P<0.001)。この試験を根拠に、ガイドラインでは急性期の非心源性脳梗塞の発症後早期から亜急性期では、アスピリン+クロピドグレルのいわゆるDAPT(dual antiplatelet therapy)が推奨されています。
ところで、シロスタゾールを急性期に用いる考えはどうでしょうか?日本医大の木村和美教授らが行われたADS(Acute Aspirin Plus Cilostazol Dual Therapy for Non-Cardiogenic Stroke Patients Within 48 Hours of Symptom Onset)試験があります(J Am Heart Assoc. 2019; 8: e012652)。発症48時間以内の非心原性脳塞栓1201人を、アスピリン+シロスタゾール(200mg)とアスピリン単独に割り付け14日間投与し、一次エンドポイントは14日以内に神経症状の増悪、脳卒中再発、TIAのいずれかが生じた場合としました。結果は両群で全く差はみられませんでした。シロスタゾール用いたDAPTは、安全ではあるが、短期の神経症状の増悪を改善することはできなかったと結論付けられています。
両試験の一番の違いは、一次エンドポイントが、CHANCEでは90日以内の脳卒中再発であるのに対して、ADSでは14日以内の神経症状の増悪・脳卒中再発・TIAである点です。14日以内にシロスタゾール追加の効果を見るのは少し厳しいかと思います。また、神経学的増悪があっても回復する場合があり、事実、ADSでは、3か月後のmRSが1以下の予後良好例はDAPTで多い傾向となっています(p=0.087)。これらの点から、この二つに試験で、クロピドグレルを用いたDAPTは有用であるが、シロスタゾールを用いたDAPTは無効であるとするのは早計と思います。
また両試験とも、“非心原性脳梗塞患者”を対象としており、その他の多くの試験でもこの梗塞カテゴリーはよく用いられるものです。しかし、当然ながらこのカテゴリーは穿通枝自体の梗塞であるラクナ梗塞と主幹動脈に高度のアテローム硬化を有する症例が混在しています。急性期脳梗塞患者においての重要な観察点は、急性期の増悪と長期にわたる再発です。両者は意義や病態が少し異なるので、区別しておくことが重要と思います。急性期増悪が高頻度であるのは、BAD(branch atheromatous disease)型梗塞と主幹動脈に高度狭窄や閉塞を有するアテローム血栓性梗塞です。
我々は臨床的経験から、急性期 BAD 型梗塞にはシロスタゾールの併用が有用であると考え、後方視的ながら、シロスタゾールを中心とする強化抗血栓療法の有用性を検討してきました(Int J Stroke. 2014; 9:E8. Letter)。LSA(レンズ核線条体動脈)領域と PPA(橋傍正中動脈)領域の BAD 型梗塞連続 313 例について, phase 1:2001 年~2005 年,phase 2:2005 年~2009 年,phase 3: 2009 年~2012 年の 3 期間において一定の治療メニューを行い、発症一か月後のmRSを比較しました。phase 1 はオザグレル/アルガトロバン・エダラボンの点滴を中心とする best medical treatment、phase 2 は、phase 1にシロスタゾール併用療法を追加、phase 3 は phase 2 にクロピドグレルの loading dose を含む投与を追加.phase 1 に対し phase 2 では、とくに PPA 領域梗塞で改善がえられ、phase 2 に対し phase 3 では LSA 領域梗塞で有意な改善がみられました。すなわち、シロスタゾールはとくにPPA 領域梗塞に有効で、クロピドグレルの追加では LSA 領域梗塞に 有効であるいう結果でした。PPAはほぼ均等 に 200~400 mm と口径の穿通枝が脳底動脈から分岐するパターンで,血管拡張作用や内皮機能維持作用を有するシロスタゾールが有効、分岐直後の口径が 700~1000 mm と 大きく、逆行性に走行しているLSAでは、shear stress 下での 血小板凝集抑制効果が大きいと考えられているクロピドグレルがより奏功したと推測することもできます。強化抗血小板療法は長くても一ヵ月以内とし,以降は単剤に変更しています。BAD型脳梗塞は“非心原性脳梗塞”というバラエティーのある病態と異なり、単一である点が治療効果はより適格に判定されると思います。
そういうわけで我々は、超急性期のBAD型脳梗塞にはぼぼ全例シロスタゾールを用いていますが、先生方は如何しておられるでしょうか?
