塞栓源不明脳塞栓症や脳卒中後嚥下障害に関する研究を行っています。よろしくお願いします。

入院時栄養のリスクと脳卒中後嚥下障害の関連について、以前勤務していた仙台市立病院の管理栄養士さんに論文指導を行い、このたび英語での論文化に至りましたので紹介します。個人的には、研究論文の効率良い執筆教育方法について考察する良い機会だったと思っていて、今後の論文指導の参考にしたいと考えています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40669120/
<h2>１：背景</h2>
令和６年度から、入院基本料算定のため入院時の栄養スクリーニングツールの使用が必須化されました。仙台市立病院では、Malnutrition universal screening tool (MUST)を選択し、高リスク症例はNSTが介入し、GLIM基準を当てはめて低栄養と診断する、という流れをとっていました。高リスクを何点以上とするかは、現場負担も考慮して、仙台市立病院の管理栄養士さんらが実態調査を行い、一般的に広く使われているカットオフ2点以上を高リスクと判定、GLIM基準に繋げる、という方法を取り入れました。
以前私は、入院時の低栄養は嚥下障害に関わることを報告していたのですが、栄養士さんは、MUSTなど簡易的で確立された栄養スクリーニングツールが嚥下障害予測にも有用性を示せれば、低栄養・嚥下障害のリスクのある症例を効率よく判別できるのではないか、と仮説を立ててくれたので、検証することとしました。
実際に、広く使われている栄養スクリーニングツールが脳卒中のアウトカムと関わったという報告はあまりなく、ここにknowledge gapがあると考えました。
<h2>２：方法</h2>
実際にMUSTを評価するのは看護師さんだったのですが、前向きに得られたMUSTの結果をみてみると「不明」と判断されてしまう割合がそれなり(10-30%ほど)にいて、データの信頼性に問題がありました。そこで、まずは過去のデータを用いて栄養士さんがMUSTを後ろ向きに収集する、という方法を取りました。これまで独自のスクリーニングツールがあったので、そこから得られる項目を引用して、MUSTを調査しました。
アウトカムの嚥下障害は、簡易的な嚥下障害の評価方法として、Food oral intake scale (FOIS)を用いました。これは、食事形態から判断して1-7段階で評価するものです。FOIS 1-3が何らかの代替栄養に頼る必要がある状態です（Fukuma K, et al. Clin Nutr. 2023, Ikenouchi H, et al. J Neurol Sci. 2023など）。入院14日目の嚥下障害をアウトカムとしました。
<h2>３：結果と考察</h2>
MUST≧2のカットオフは、14日の嚥下障害に独立して関連していました。
MUSTそのもののAUCは0.87と、とても高く、2点以上のカットオフの感度97.4%、陰性尤度比0.04と、陰性であった場合（MUST 0または１）には嚥下障害になりにくい、という結果でした。
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ここから、MUST2点以上という既知のカットオフは、栄養不良のスクリーニングだけでなく、嚥下障害のスクリーニングにも有用でした。食べられなさそう、かつ、栄養が悪そうな人を「見落とさない」という点でMUST2点のカットオフは重要です。
MUSTはBMI、体重減少、急性疾患により５日くらい食べられなさそう、という項目から構成されます。これらはいずれも、筋肉量やサルコペニアに影響する・影響を受ける項目ですから、MUSTが嚥下障害を予測した、という結果には妥当性があります。
ロジスティック回帰分析では、これらそれぞれの項目は嚥下障害に影響を及ぼさなかったものの、これらをまとめたMUSTが嚥下障害に影響を及ぼしており、MUSTは複合的な栄養障害のマーカーとして役立ったものと考えています。
<h2>４：論文執筆指導を行う上で重要だと思ったこと</h2>
今回私がcorresponding authorとなり、管理栄養士さんの論文の直接指導にあたりました。以前、症例報告執筆教育を広めるためには、という内容で記事を書かせていただきましたが、そこで実践した内容を研究論文にも活かせるかな？という思いから実践してみました。
https://www.medixpost.jp/articles/465d1df0-da27-4ef7-ba69-5bab9e2e410d
今回、論文執筆開始からアクセプトまで４ヶ月でしたが、これは早い方だと思いました。達成できた要因について、指導を受けた管理栄養士さんと実際に話して、その主要な要因を列挙します。
・高いモチベーションを維持することの重要性：この栄養士さんは、研究に対してとても高いモチベーションを持っていました（長年研究をやりたいと思っていたがメンターがいなかった）。研究ができる！という嬉しさから、私への信頼がとても強く「言われたことはすぐにやって報告する」ということを徹底してくれていました。そのひたむきな姿勢を見せられると、教える方としてもモチベーションが上がりました。
・型を示して伴走する：この栄養士さんにとって、原著論文の執筆は初めてで、どう書き進めて良いかわからない、という状態でした。Introductionで言うべきこと、Method、Resultの結果の提示方法、Discussionの論じる順番など、自身がこれまでの経験で教わってきたことをそのまま実践してもらいました（やっぱり言ったことをそのまま実践してくれました）。長い論文でも、細かく分けて書いていくと、書きやすかったかもしれません。症例報告執筆教育でも「まず型を意識する」と言うことを書きましたが、研究論文でも同様でした。Discussionでも、論じ方を中心に考えてもらって英語にしてもらい、細かい英語表現などは指導者側で直す、という手法を取りました。執筆者のマルチタスクの負担を軽減できたと思っています。
・自律的に進められるような教育手法：論文投稿の目標日を定め、それに向かってやるべきことのマイルストーンを示したのち、小さい目標と短期の期限を決めて、データを一つずつ作成、執筆もこまめにやりとりをして、一つずつ進めることができたのが良かったと思いました。一つずつ小さな目標達成することによって、成功体験が得られ、エンパワメントになったことも一因と思いました。
こういった一連の執筆活動を早く進めることができたことを振り返ってみると、根底にあったのは「互いの信頼関係」だったと思っています。信頼の心理学（Trust in Organizations）や、自己決定理論における「関係性」みたいなもので、互いの信頼関係があったからこそ学習者は安心して取り組めたのだと思いました。
モチベーションを維持することと、学習者と指導者の信頼関係、この２つが教育全般に重要だなと感じた執筆活動でした。参考になれば幸いです。

栄養スクリーニングツールMUSTは脳梗塞後嚥下障害を予測する〜英語原著論文執筆教育を通して得られた学び〜

Medixpostとは

栄養スクリーニングツールMUSTは脳梗塞後嚥下障害を予測する 〜英語原著論文執筆教育を通して得られた学び〜

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