脳神経内科全般やっていますが、特にパーキンソン病、神経変性疾患の臨床、研究に取り組んでいます。摂食嚥下障害も専門にしています。

「アルツハイマー病による軽度認知障害（mild cognitive impairment：MCI）及び軽度の認知症の進行抑制」に対して抗アミロイドβ抗体薬が登場し、認知症診療の現場が大きく変容してきました。まず本稿（前編）では、抗体薬の登場によって明確化してきた「生物学的診断」について整理していきたいと思います。
<h2>生物学的診断の意義</h2>
従来、アルツハイマー病（AD）の診断は臨床症候（記憶障害など）を基盤としていました。しかし現在は「症候学的診断」から「生物学的診断」へと移行しつつあります。これは、がん診療でTNM分類や病理学的所見に基づいて診断を行うのと同様に、神経疾患においてもバイオマーカーを根拠に診断して行こうという流れです。
2018年に提唱されたNIA-AA research frameworkでは、アミロイド（A）、タウ（T）、神経変性（N）の3軸でADを定義するAT(N)分類が導入されました（Jack CR Jr, et al. Alzheimers Dement. 2018;14(4):535-562）。さらに2024年のNIA-AA改訂基準では、この研究的枠組みを臨床実践に橋渡しすることを目的に、「生物学的診断をAD診療の中心に据える」という方向性が明確化されました（Jack CR Jr, et al. Alzheimers Dement. 2024;20(8):5143-5169）。以下、この2024年NIA-AA改訂基準をもとに見ていきます。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38934362/
<h2>Coreバイオマーカーの整理</h2>
2024年のNIA-AA改訂基準では、ADに特異的なバイオマーカーを「Core 1」「Core 2」に区分しています。
●Core 1（早期変化）＝アミロイド（A）および早期タウ病理（T1）を反映するバイオマーカー群
✓ アミロイドPET
✓ 髄液(CSF)Aβ42/40比
✓ CSFp-tau217, CSFp-tau181, CSFp-tau231
✓ 血漿p-tau217（高精度#に限る） #approveされたCSFアッセイと同程度
→ これらはアミロイドPETと同時期(タウPETよりも前)に変化すると考えられています。Core 1のうち、アミロイドPET、CSF Aβ42/40、CSF p-tau181/Aβ42、CSF t-tau/Aβ42、そして高精度血漿p-tau217はAD診断に用いうる（Core 1 の異常だけでAD診断が可能）とされます。
（タウ断片の分泌が、Aβプラークへの生理学的反応を表し、Aβプロテインオパチーを初期のタウプロテインオパチーと結びつける可能性があると考えられています。）
●Core 2（後期変化）＝後期タウ病理（T2）
✓ タウPET
✓ MTBR-tau243や非リン酸化中間領域タウ断片など
→ Core 2は、より遅れて変化し、タウPET病理の進行や認知機能の低下と強い相関を示します。
＊なお、Core 2単独（A−T2+など）はAD診断と一致しない場合があり、Core 1陰性でCore 2陽性の解釈には注意が必要です。
<h2>AT(N)からAT1T2(N)ISVへ ― 併存病理の考慮</h2>
2024年のNIA-AA改訂基準では、既存のAT(N)フレームワークを補完する形で、T2（後期タウ）、I（炎症）、S（αシヌクレイン）、V（血管病変）などのバイオマーカーが「補助的バイオマーカー」として追加されました。これにより、AD以外の併存病理をより詳細に評価できるようになりました。
●A (アミロイド)
●T1 (早期タウ)
●T2 (後期タウ)
●N (神経変性)：AD特異的ではない補助情報
●I（炎症）：GFAPなどのアストロサイト活性化マーカー
●V（血管病変）：白質病変や梗塞所見
●S（αSynuclein）：α-synuclein Seed Amplification Assay
高齢発症のADではレビー小体病理や血管障害との併存が多いため、診断・治療方針を立てる際にはこれらを加味する必要があります。
<h2>生物学的ステージ分類</h2>
新しい基準では、ADを「生物学的連続体（continuum）」として捉え、Coreバイオマーカーの時系列変化に基づいたステージ分類が導入されました。
（このステージ分類ではタウPETが必要ということになるので、現在の実臨床との乖離があることは否めません。）
Stage A：A+T2(-)
最初に変化するCore 1（例：血漿p-tau217、アミロイドPET陽性）
Stage B：A+T2 with medial temporal lobe (MTL) tau uptake
A陽性でT2がMTLに限局して陽性
Stage C：A+T2 with moderate neocortical tau uptake
新皮質に中等度のT2集積
Stage D：A+T2 with high neocortical tau uptake
広範な新皮質タウ蓄積
補助的に神経変性(N)も進展していることが多い。
<h2>臨床病期ならびに生物学的ステージ分類との統合</h2>
ここまで、生物学的診断ならびにステージ分類について見てきましたが、実臨床の観点からは、実際の臨床症状（臨床病期）との紐づけ、統合が大切です。 
 &nbsp;2024年のNIA-AA改訂基準では臨床病期を stage 0 から stage 6 の7段階に分類しています。
Stage 0：遺伝性ADで、バイオマーカー陰性かつ無症候（AD continuum の一部として定義）。
Stage 1：客観的検査は正常、最近の認知機能低下もなし。
Stage 2（移行期）：検査は正常域だが、ここ1–3年の軽微な認知機能低下や主観的低下／軽度の行動変化が持続（機能的影響は最小）。
Stage 3：検査で異常域の認知機能障害＋iADLに早期の機能影響（= MCI相当）。
Stage 4：軽度認知症（iADLに軽度の障害、基本ADLは自立）。
Stage 5：中等度認知症（基本ADLに中等度の障害・要介助）。
Stage 6：高度認知症（基本ADLで全面的介助）。
一方、生物学的ステージ分類（Stage A〜D）は、 先にも述べましたように、アミロイド（A）および T2（後期タウ）の病理変化を基盤とし、A+T2−（A）／A+T2MTL+（B）／A+T2MOD+（C）／A+T2HIGH+（D）と定義されます。 一般に Stage A・B は無症候〜MCI、Stage C・D は MCI〜認知症に対応することが多いものの、必ずしもロックステップではありません（共病理・レジリエンス・予備力などにより個体差が大きいです）。したがって、臨床病期と生物学的病期は独立に判定しつつ統合して解釈することになります。
統合の意義は、臨床症候だけでは病態の裏づけが困難であり、逆に生物学的診断だけでは日常生活上の障害や介護負担を十分に評価できない点にあります。両者を組み合わせることで、
✓ 疾患修飾薬の対象を適切に同定（例：A陽性かつ 臨床病期3〜4 など。実際の適応は各薬剤の承認条件に準拠）
✓ 進行予測とケアプランの策定（例：Stage C〜D では症候治療と介護支援の比重が増す）
✓ 研究と臨床の橋渡し（臨床試験の組入れ基準の精緻化）
といった具体的な応用が可能となります。
<h2>血液バイオマーカーの進展と実臨床への応用</h2>
PETやCSF検査は高コスト・侵襲性・施設制約があり、日常診療での利用は限定的でした。しかし近年、血漿p-tau217 を中心とする血液バイオマーカーが高精度を示し、CSFやPETと同等の診断性能に到達しうることが示されています。血漿Aβ42/40比なども有望ではありますが、推奨度はp-tau217に比べるとやや低いとされています(血漿Aβ42/40比は、アミロイドPETやCSF Aβ42/40比と比較して診断精度がやや劣るとされています)。こうした知見を背景に、「血液スクリーニング → PET/CSFによる確認」という実用的フローが形成されつつあります。これは抗アミロイドβ抗体薬の適応判定に直結し、今後は検査体制の拡充により臨床導入が進むことが期待されます。最終的には、血液バイオマーカー単独で診断が完結することが、侵襲性の面からも医療経済の面からも望ましいと思われます。
<h2>まとめと展望</h2>
●アルツハイマー病は「臨床症候」ではなく「生物学的所見」で定義される時代になりつつあります。（これはパーキンソン病など神経変性疾患全般にも言えます。）
●Core 1（＝A+T1）バイオマーカーの異常はAD診断に十分であり、Core 2(＝T2)は病期・予後評価に用います。
●AT(N)に加えI・V・Sを取り入れた拡張分類により、併存病理も考慮します。
●血液バイオマーカーの実用化により、早期診断から治療適応の判断までのフローが現実的になりつつあります。

認知症診療のこれから（前編）：生物学的診断

Medixpostとは