滋賀医科大学　脳神経内科　助教　小川暢弘です

タイトルのテーマについて私見を投稿する。
科学的根拠、エビデンスに基づく記載を逸脱する部分もあり、一臨床医の所感の随筆としてご容赦いただきたい。先生方の議論の一助になれば幸いである。
小生の本テーマに対する結論は、推奨に関し海外との差はあるが、両薬剤の積極的な使用に関して”yes”である。海外エビデンスも含めガイドラインの作製についての指針は国際的に標準化されており、エビデンスレベルの捉え方など推奨に各国間で差はなくなっていると感じる。エビデンスレベルの高い研究での有効性が示されていない薬剤となるが、総じてオザグレル、アルガトロバンの有害事象の問題は乏しく、使用においてDo no harmの原則は守られる。一方、とくに日本においては頭蓋内脳動脈病変・狭窄（intracranial atherosclerotic disease, ICAD)やBAD (Brunch atheromatous disease) など欧米には少ないとされる病型での脳梗塞の遭遇はまれでなく、標準治療抵抗性の早期神経学的症候の増悪（Early Neurological deterioration，END）や再発に難渋することが多い。 アテローム血栓性脳梗塞（atherothrombotic &nbsp;brain infarction, ATBI)やBADに対する抗血栓作用のみならず抗炎症作用なども含めた両薬剤の使用や既存療法との組み合わせによる治療効果に期待したい。両薬剤の効果検証のための大きなRCTが欠落している点、データに現れない病型のpopulationの差異（ICADの存在が十分に検討されていない可能性やBAD病態の割合の差など）、primary outcomeの差（3週間目のNIHSSや90日後のmRSなどの違い）、そしていわゆるCOI（薬剤開発国が本邦）が、本邦と海外ガイドラインの推奨記載の違いにつながっている可能性はあり、ICADやBADなどの病型のサブ解析、大規模なRCTでの検証が待たれる。有効性の強固なエビデンスはないが、日本の実臨床において発症時に病態が必ずしも明確に規定できず再発やENDを来す例があること、軽症であっても入院診療が主となる現状では、入院中の増悪・再発を防ぐという点からも両薬剤の使用を含めた早期集学的治療を提供することは妥当と考える。
本テーマは会員の先生方から要望が多かったテーマでした。興味のあるテーマは事務局より随時募集中のようですので、以下のフォームに記載ください。（匿名可）
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1. 急性期脳梗塞における治療の推奨
急性期脳梗塞における再開通療法の治療効果のエビデンスは確立され、急性期脳梗塞のマネージメントにおいては、血栓溶解療法と機械的血栓回収術の適応をまず考え、治療戦略を立てることが重要である。しかしながら、我が国の脳卒中データバンク2021の報告では、これらの急性期再開通療法が適応される患者は全脳梗塞の2割程度にとどまる。Real worldでは軽症脳梗塞例、therapeutic windowからの逸脱、治療禁忌事項などを鑑みると真にこれらの治療が必要となる脳梗塞患者は多くても全脳梗塞の4割程度と考えられることからは、まだギャップがあると感じている。この溝を埋めることは非常に大切であり、病院前体制、院内体制、病病連携などを含めたシステムのbrush upが治療促進および治療成績向上につながると思われる。脳梗塞発症者にとって、急性期再開通療法の適否にかかわらず、再開通療法を含めた急性期治療によって早期の再発やENDを抑制することも喫緊の課題であることに疑いはない。急性期再開通療法以外の治療戦略においては、抗血栓療法やリハビリテーションがとくに重要であろう。また、今後のこれら治療の発展と神経保護治療、再生医療との組み合わせなどに期待を寄せている。
急性期脳梗塞に対する抗血栓療法において非心原性脳梗塞では、抗血小板療法、抗凝固療法について、わが国ではアスピリン、アスピリンとクロピドグレルのDAPTが推奨度A、エビデンスレベル高として推奨され、シロスタゾールの単独、シロスタゾールとアスピリンのDAPTが推奨度C、エビデンスレベル中として記載されている。抗凝固療法については、非心原性、非ラクナ梗塞に対してアルガトロバンが、脳梗塞急性期全般に対してヘパリンが、ともに推奨度C、エビデンスレベル中として推奨され、心房細動を伴う脳梗塞患者に対しては、早期のDOAC投与を考慮しても良く推奨度C、エビデンスレベル低で推奨されている。他方、AHA guidelineでは脳梗塞急性期の抗血小板剤はアスピリン、クロピドグレルの使用がClass 1, エビデンスレベルAで推奨されているが、急性期治療のシロスタゾール、オザグレルにかかわる言及はない。また、同様に抗凝固剤は頭蓋内外の脳動脈狭窄を有するものに対してのヘパリン、アルガトロバン、DOACなどの使用にかかわる言及はあるが、Class 2bの弱い推奨である。大規模なRCTの欠落、比較対象となる薬剤としてAspirinとの比較試験がないことなどがありエビデンスレベルもBまたはCである。 エビデンスレベルでの海外との差はないと思われるが、わが国のガイドラインでの推奨記載の差に関しては、日本発の薬剤に対するデータの蓄積の差や手ごたえの実感、日本のプライドが反映されているように感じる。
２．オザグレルとアルガトロバンの薬理作用
添付文章によるとオザグレルナトリウムについては適応として１．くも膜下出血後の脳血管攣縮およびこれに伴う脳虚血症状の改善、２．脳血栓症（急性期）にともなう運動症状の改善が効能効果が記載されている。その薬理作用としては、トロンボキサンA2（TXA2）の産生抑制とプロスタサイクリン（PGI2）の産生促進を介した血小板凝集抑制作用と脳微小循環障害やエネルギー代謝異常の改善があげられている。薬物動態はTmaxが2－3時間、半減期は0.6－0.8時間とされる。アルガトロバンについては適応として１．ラクナを除く発症後48時間以内の脳血栓症急性期の神経症候、日常生活動作の改善、２．慢性動脈閉塞症における四肢潰瘍、安静時疼痛ならびに冷感の改善、３．血液体外循環時の灌流血液の凝固防止、４．ヘパリン起因性血小板減少症（ＨＩＴ）Ⅱ型におけるＰＣＩ施行時の血液凝固防止、５．ＨＩＴⅡ型における血栓症の発症抑制が記載されている。その薬理作用としては、直接トロンビン阻害作用によるフィブリン生成、血小板凝集および血管収縮を強く阻害する効果があげられている。また脳梗塞に関しては中大脳動脈閉塞モデルのラットにおいてIschemic Penumbraにおけるフィブリン微小血栓生成抑制、局所脳血流改善、梗塞領域の拡大抑制および神経症候の改善作用の報告が記載されている。薬物動態は30分間の静脈投与で投与直後に最大血中濃度に達し、半減期は15分とされる。
両薬剤ともに使用法に関しては、オザグレルに関しては1日2回の投与、アルガトロバンは48時間の持続投与後に5日間の1日2回の3時間かけての投与が記載されている。
実臨床においては、半減期、薬効作用の観点からオザグレルでは急速静注やアルガトロバンでは連日の持続静注も試みられ安全性や有効性に関して報告が学会報告レベルで議論されている。投与法による明確な効果の差は認めないようであるが、安全性は担保されるようである。
３．オザグレル、アルガトロバンにかかわる知見
脳梗塞の実臨床では推奨される使用法との違いが少なからず認められ、また、他の抗血小板剤やエダラボンなどの神経保護薬剤との併用も存分になされている現状がある。その中で、後ろ向き研究も含めた検討であるが、オザグレルやアルガトロバンの使用に関してのエビデンスが増えている。まずアルガトロバンではIV-tPAとの併用での有効性は示せなかったが、併用による安全面での問題はないとのRCT結果がある(Chen HS, et al. JAMA 2023;329(8):640-650)。本研究では先行研究で期待されたENDの抑制や、神経症状の改善に差がなかったが、その理由として大血管病変を有する患者の割合が先行研究に比して少なかったことも一因と考えられている。やはりBADやICADに病態を絞った場合の効果に注目したいところである。加えて、エビデンスレベルは下がるが脳梗塞に対するアルガトロバンのRCTと観察研究のメタ解析（Hou X, et al.J Clin Neurosci 2021;90;225-232)では、軽微な出血リスクはあるがNIHSSの改善やENDの抑制に関し有意な効果があると結論づけられている。また、オザグレルのRCTにかかわるメタ解析（Zhang J, et al. Neurol Res 2012;34(4):346-353)ではオザグレル治療期間における神経症候の改善が使用群では有意に認められ、出血合併症は未使用群との差はがなかったとの解析結果であった。一方でアテローム血栓性脳梗塞とラクナ梗塞に対して安全であったが、効果がなかったとの観察研究も我が国から報告されている(Wada T, et al. J stroke Cerebrovasc Dis 2016:25(12);2828-2837)。これら報告はバイアスリスクの高さが否定できないため参考所見の域は超えないエビデンスであるものの実臨床の実感の両面性に近い印象かもしれない。個人的に興味深い研究結果としては、2009年にEDO trialとして発表された市販後調査の報告（Shinohara Y, et al. Cerebrovasc Dis 2009; 27:485-492)があり、非心原性脳梗塞でATBI もしくはラクナ梗塞の患者に対するエダラボンとオザグレルの比較では、3か月後のmRS 0-1に対して両群に差はなく、3週間以内の脳卒中再発に関しても差がないとの結果であったが、本報告では点滴投与中の2週間は、アスピリン、アルガトロバン、tPAなどの他の薬剤は使用禁止となっており、エダラボンのオザグレルに対する非劣勢を示したデータとして報告され、エダラボンの神経保護作用が抗血栓薬と同等に早期の再発を抑制できている可能性についての言及がなされている。加えて、2型糖尿病を有するラクナ梗塞患者に対してスタチンとオザグレルの併用療法の有効性についての報告もある（Yu Y, et al. World J Diabetes 2021;12(12):2096-2106)。本報告ではスタチンとオザグレルの併用者はスタチンのみの患者に比してラクナ梗塞におけるNIHSSやADLの改善が認められた患者が統計学的に有意に多く、併用例では血中の炎症性マーカーやサイトカインと脂質プロファイルの改善が有意であったと報告されている。私見ではあるが、オザグレルが有するエダラボンと同等の神経保護作用が、抗血小板作用のみならず炎症の改善による脂質プロファイルへの影響などの相乗効果での脳梗塞治療につながる可能性について大変惹かれる。
４．実臨床での手ごたえ
自施設でのATBIやBADを疑う病型に対してはaggressive antiplatelet treatmentに賛同しており（Yamamoto J Stroke 2014;9(3):E8)、積極的にアルガトロバン＋DAPT治療を行っている。私どもの単施設での検討では十分な統計学的有意差を導けてはいないが、アルガトロバン＋DAPTは安全に使用できており、ENDの抑制効果に有望と考えられる傾向があり、nを増やした検討継続しているが、後ろ向き研究の限界を感じている。実例では、MBsが多い例や、血小板減少のある肝硬変例で出血リスクを恐れ、Aggressive treatmentを控えた結果、入院中のENDを来した例を複数例経験し後悔したこともある。一方で、aggressive treatmentの有無にかかわらずラクナ梗塞としてとどまった例もある。このあたりの選別が難しい。また、BADに対してDAPT、アルガトロバン使用下でのEND出現の早期に、オザグレルの追加投与で増悪進行を抑制できた経験もある。さらに、血管内治療医としてはATBIでの血栓回収後の再閉塞や、治療中の血栓透亮像の増大に対して、投与中のヘパリン（場合によってはアルガトロバン）、DAPTに加えてオザグレルの投与（I.V.もI.A.も経験あり）での血栓閉塞改善や血栓消退を少なからず経験した（もちろん、うまくいかなかった例も少なからずある）。これらの実体験からはオザグレルも捨てたものではないとの印象が、正直あり、使用頻度が減っているオザグレルに密かに期待している。もちろんこれらはたまたまかもしれない。
自施設のレジストリーデータでは標準治療においてENDは全脳梗塞の年度ごとに異なるが10-20%程度に認める。また、病型毎にその頻度は変化するがBAD病型であれば最大20-30％にENDを認める傾向もある。急性期再開通療法に比して、1薬剤や1治療毎の効果は小さいものかもしれないが組み合わせの相乗効果に期待したい。
以上の観点から、私の非心原性脳梗塞急性期治療におけるアルガトロバン、オザグレルの積極的使用の是非への答えは”yes”である。

「脳梗塞急性期治療としてオザグレル・アルガトロバンを用いる方が良いのかどうか、海外エビデンスとの差」

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