投稿日 2022年12月09日
更新日 2022年12月21日

ラクナとBADを M.Fisher にたち帰って考える

1.TOAST分類の限界

TOAST分類では、主幹動脈の閉塞や狭窄あるいは心房細動などの塞栓原症によらない梗塞で、梗塞径が15mm以下の場合、小血管閉塞による脳梗塞ラクナ梗塞と診断されます。言い換えればラクナ梗塞は穿通枝梗塞ですが、径が15mm以上の穿通枝梗塞場合はどうなるのでしょう?わが国ではこのタイプがBranch atheromatous disease(BAD)型梗塞とされています。背景にある血管病理は、ラクナ梗塞はlipohyalinosis、BADはmicroatheromaとされている記載がよく見られます。これらの表現は適切と言えるでしょうか?今一度、原点に返ってC.M.Fisherの記述を辿ってみたいと思います。

剖検脳では小さなくぼみがあることが知られていましたが、Fisherは連続切片を作成し、小さなくぼみはそこを灌流している細い血管が閉塞して起こった脳梗塞であることを明らかにしました(Neurology. 1965;15:774-84)。口径が200μ以下の血管にはlipohyalinosisが生じ2~5 mmのラクナ梗塞をきたし、口径が300~700μレベルではatherosclerosis (microatheroma)が生じ5 mm以上の梗塞をきたすとしています(Cerebrovasc Dis 1991;1: 311-320)。この時の梗塞サイズが15mmとしたことが、ラクナ:15㎜の源流かと思います。しかし、剖検で15mmという梗塞病巣は急性期のDWI画像では遥かに大きいわけで、この点もDWIで15mm以下がラクナ梗塞という基準は根拠のないものであることがわかります。

2.ラクナBADの血管病理

Lipohyalinosisというのは高血圧性小血管の病理を指していますが、Fisherは“segmental arterial disorganization”という用語を好んで使っており、歴史的には、 fibrinoid necrosis、hyalinosis、angionecrosisなどの名称で呼ばれてきたと言っています(Acta neuropath 1969; 12: 1-15)。わが国で亀山正邦先生は、“angionecrosis”をよく使っておられます。しかしながらこれらの高血圧性小血管の病理で起こる梗塞は5mm以下で大半が無症候性脳梗塞ということになります。ラクナ症候群をきたすような5 mm以上の梗塞では、microatheromaが背景にあるとしています。従って、通常ラクナ梗塞とされる多くのケースではlipohyalinosisよりmicroatheromaの病理によっています。Fisherの剖検例では多くが15mmを最大としていますが、20mmという言い方もしています。Marinkovicは、造影物質を剖検脳に注入して脳血管のmicroanatomyを研究者していますが、Fisherの考えを推し進め、大径の外側レンズ核線条体動脈の灌流領域は41.6×15.5mm、あるいは、53×41mmなどに及ぶとしています(Stroke 1985; 16: 1022-1029 )。このような梗塞では400~900μの径を有しmicroatheromaが生じるとしています。このような血管が閉塞すると、DWI高信号では当然示されたようなサイズになるので、15mm以上の梗塞は頻発するわけです。現在の脳卒中分類では、このような15mm以上の穿通枝梗塞はBAD脳梗塞と分類されています。

3.branch atheromatous diseaseの概念

ところで、branch atheromatous diseaseという言葉はFisherの弟子であるL.R.Caplanが広めた概念ですが、原点には、二人で行った橋の梗塞の剖検所見にあります。2例のほぼ橋底部に達する梗塞を灌流する血管を連続切片で追跡したところ、梗塞内の血管に閉塞等なく、椎骨・脳底動脈から分岐する傍正中枝の起始部にmicroatheromaに近い病変による閉塞を認めました。Fisherのラクナ梗塞の概念は、梗塞は血流供給を行っている穿通枝血管自体の病変(intrinsic artery disease)にあるものでしたが、この2症例は穿通枝自体に病変はなく、その分岐部にmicroatheroma があったという意味で、“basilar artery branch occlusion”というタイトルで発表しました(Neurology 1971; 21: 900-905)。この所見をベースに、Caplanは橋の深部に限局する梗塞は狭義のラクナ梗塞であり穿通枝自体に病変があるが、橋底部に達する梗塞は母動脈かないし分岐部にmicroatheromaがあるとし、“basilar artery branch occlusion”をbranch atheromatous diseaseと呼称したのです。さらに、Fisherが行った11例のレンズ核線条体動脈梗塞の剖検では、比較的近位部(中大脳動脈から2-13mm)の血管にmicroatheromaが認められましたが、これらの梗塞タイプもmicroatheromaに基づき梗塞が脳表近くに及ぶという共通点から、BADに含めました。

4.概念の整理

ラクナ梗塞は穿通枝自体の病変による梗塞であり、実際は大半がmicroatheromaに起因します。一方BADは、閉塞が血管の起始部:分岐部近傍のmicroatheroma(+血栓)によって起こるものを指しています。したがって、DWI高信号で15mmという区別はほとんど意味がなく、両者ともアテローム血栓性梗塞に近い血栓症の治療が必要です。ただ、閉塞部位が穿通枝の近位部になるほど血管口径も大きく、梗塞が漸次拡大して急性期増悪をきたしやすい点が臨床的に注目されています。ただ、血管病理概念に基づいて分類をするのは、画像判読能力など、なかなか一致点が見出されないのが現状と思います。

最大の問題の一つは、ESUS症例においてのDOACとアスピリンの大規模試験で、NAVIGATE ESUSでは、12.6%もBAD脳梗塞が含まれていたことです。これは、15mm以上の穿通枝梗塞はBADであり、BADはTOAST分類では分類不能であるので、血栓症中の血栓症であるBADが試験にエントリーされてしまったということです。ESUSという塞栓症が前提の試験でこのようなことが生じるのは、梗塞機序があまりにも雑に考えすぎられているためです。Fisherは、なかには血管閉塞が見出されなかった梗塞もあり、塞栓の可能性も示唆していますが、複数のレンズ核線条体動脈全体に近く梗塞に陥る線条体内包梗塞は塞栓症が大半ですが、原則一本に近い穿通枝が塞栓症によって起こることは極めてまれ(5%以下)です。さらに発症様式などのプロフィールを考慮に入れれば、BADESUSにエントリーされるという誤りは生じないはずです。Caplan先生は、individual medicineを唱えていますが、BADが依然としてTOAST分類に取り入れられていないことを嘆いておられます。TOAST分類は臨床試験を行うために勘案された分類であり、症例が生命であるneurologistの観点からは最適なものとは言えません。個々の症例の梗塞メカニズムを考慮した対応が重要です。

会員登録